ママの知恵袋

無添加生活、始まります3

みなさん、こんばんは。熊野の案内人・石丸美穂子です。

前回からの続きで、無添加生活に至った経緯をお伝えしますね。

 

 

「熊野出会いの里」での学び

 

その後にまた運命的な出会いがありました。ホテルを退職し、次の仕事は見つかったものの住むところがなくて、「熊野出会いの里」にある農業体験者用の宿舎にお世話になることになりました。こちらは、大阪から移住したご夫婦が、有機栽培を熊野川の伏流水などをつかっておこなっているこだわりの施設でした。

 

 

 

その時農業に全く興味がなかった私は、時折いただく差し入れの野菜をいただき、そのおいしさと新鮮さに驚きました。特に自信のあるニンジンのおいしいこと。入る前は知らなかったのですが、その業界では有名な方で、全国でも講演を行い、本も出版しているほどのベテランの有機農家。今思えば、こちらで農業を本格的に学んでおけばよかったとすごく後悔しています。

 

 

 

こちらで共同生活していたYさんに言われて今も覚えているのが「まるちゃんは、生活や料理をしている感じがほとんどしないけど何食べてるの?」でした。本宮に移住して直ぐだったので、あちらこちらのイベントに出かけたり、再就職したもののお店が建設中だったため仕事がなくて実家に戻ったりしていたので、お世話になった5か月間はほとんど住んでいなくて。

 

 

 

化粧品やシャンプーなどアトピーになったので体の外側に使うものは無添加にとかなり気を使っていましたが、身体の内側に意識がまだ全くなかったのです。食べるものが体を作るということに全く気が付いていませんでした。でも、こちらでは古民家等をワークショップなどに貸し出していたので参加して、西式健康法や陰陽重ね煮、玄米菜食など、それまでの百貨店勤務等の華やかな世界では全く縁のなかった自然派生活のことを豊かに学ばせていただきました。

 

 

 

命をいただくということ

 

「熊野出会いの里」に住んでいて特に強烈な印象に残ったことは、その場で絞めた鶏をいただいたこと。それまでは、鶏肉といえばスーパーでパックに入ったものという印象で、生きている鶏について深く考えたことが全くありませんでした。「今から鶏絞めるけど、見る?」って言われたときは、とんでもないって断りましたが、自分の部屋の近くで絞めていたので鶏の鳴き声は聞こえてきました。命をいただくということはこういうことなんだって、見てないけれど少しリアルに感じた瞬間でした。

 

 

 

その日鶏を絞めたのはお客さんへのふるまいで、その日の夕飯を準備しているときにはふるまいの残りと言って、バットを差し出されました。その中には鶏の内臓や卵になる前のものやらが入っていました。初めて見たのでこれも少しショックを受けましたが、せっかくなのでと一部分を頂きました。どの部位だかもわからなかったのですが、新鮮でとてもおいしくて。心では動揺しつつも、おいしいという感情が感謝とともに生まれてくるのを感じて、ほんのちょっぴり涙がにじみ出ました。食べたものが、体にエネルギーを与えるんだと体感した瞬間でした。

 

 

 

昔はどの農家さんも、鶏を卵を産ませるために飼っていて、年を取って卵を産まなくなった時、来客やお正月の御馳走に食べたと聞きました。同僚のYさんも鶏をつぶせると聞いて、本格的に農業をする人は肝が据わっていると改めて尊敬。ここでの丁寧な日々の食生活から学んだことも、私の生活に大きな影響がありました。

 

 

 

今では手作りのお味噌しか食べなくなったのも、調味料にこだわるようになったのもそう。新鮮で、こだわりの栽培法で、愛情がこもっている素材に、さらに調味料と調理法が、作り手がエネルギーを与える。目には見えないけれど、その高い波動のご飯をいただくことで、人は元気になるんだということを熊野に住んで初めて学んだのでした。


この記事を書いた人

kururi


母の実家である熊野に、13年前にJターンしてきました。熊野古道や南紀熊野ジオパークのガイドであったり、自然農の釜炒り茶づくり、天然お香づくりといった体験教室の運営、日本ミツバチの非加熱はちみつといった熊野らしいお土産の製造、販売を行っています。 熊野は、山、川、海があり、世界遺産の熊野古道や聖地がある美しい地。私は山間部に暮らしていますが、地域の人から山と共存する知恵や歴史や文化を学び、本当の豊かさを教えてもらいました。 そんなのどかな日々の素朴な生活をお伝えしていきます。

ページ
TOP